古巣のつどい

【機械系】機械学科 「噴霧・燃焼工学研究室」OB会 「竹の子会」主催
「藤本 元先生喜寿お祝い会および松村 恵理子先生教授就任お祝い会」開催のご報告

 当研究室(噴霧・燃焼工学研究室)は、同志社大学工学部一期生、故 竹内貴一郎先生によって1964年に創設されました。その後、藤本元先生が1984年に引き継がれ、1990年に千田二郎先生が着任しました。2011年に藤本元先生が退官された後、2013年には松村恵理子先生が加わり、当研究室は時代の変化とともに新たな視点を加えながら発展してきました。

 今回、名誉教授である藤本元先生が喜寿をお迎えになり、更に松村恵理子先生が教授へ就任されたため、2018年4月29日に「藤本元先生喜寿お祝い会および松村恵理子先生教授就任お祝い会」を新・都ホテルの陽明殿にて開催しました。

 当日は竹内貴一郎研究室、藤本元研究室ならびに現 千田二郎・松村恵理子研究室の同窓生および慶應義塾大学の佐藤豪研究室で藤本元先生と一緒に研究をなさった方々が参加され、現在の研究室に所属している現役生を含め計184名もの方々が参加されました。

 本研究室OB会の「竹の子会」会長の石田耕三さま(元 堀場製作所副会長)のご挨拶に続き、慶応大学出身者の祝辞のあと、藤本元先生、松村恵理子先生に協力して頂き鏡開きを行いました。その後、藤本元先生および松村恵理子先生のご略歴紹介の後、両先生にご挨拶を頂きました。藤本元先生は、学生時代にラグビーに打ち込まれていた話から現在までの研究経経緯についてお話になられ、当時の写真をまじえながら理路整然と説明しておられる姿に感服致しました。また、松村先生はトヨタ自動車時代の研究生活も振り返りながら、感極まったスピーチで会場を沸かせました。

本会では、様々な年代の方々が参加し歓談されており、思い出話に花を咲かせておられました。最後に同志社大学カレッジソングを出席者一同で斉唱し、千田二郎先生の閉会の長い挨拶で会はお開きになりました。

 次回、藤本元先生、松村恵理子先生をはじめ当研究室のOB・OGが集う機会は2020年の総会になるかと思います。これからも年代を問わず歓談できる機会を設けられるよう定期的に総会や懇親会を開催していきたい所存でございます。

【機械系】藤井 透先生の退職記念パーティ 開催報告

 2018年5月4日(金)のお昼12時より、2017年度に定年退職されました機械シスム工学科教授の藤井透先生(2018年度より名誉教授)の退職記念パーティが、代表世話人の1983年度機械工学専攻修士課程修了の犬飼雅弘氏のもと、ホテルグランヴィア京都「源氏の間」にて行われました。当日には170名を越える研究室卒業生や研究室関係者、藤井先生の学界での研究仲間の皆様や本学教員の来賓の方々が会場に参集し、まさに盛会となりました。

 会場ではまず、藤井透先生の経歴などが紹介されたのち、1982年4月に同志社大学の当時の工学部機械工学科に着任されて以降、機械要素の研究を発端とした構造工学の基礎学問や応用研究に従事されるなかで成された研究成果の概要が紹介されました。また社会貢献活動や学会、学内でのご活躍も紹介され、一同で藤井先生の定年退職をお祝い致しました。続いて卒業生からのスピーチや余興なども行なわれ、最後には先生の奥様より、先生へのこれまでの深い感謝の言葉も披露して頂きました。

宴席は着席式で行われましたが立食式と変わらないほどのにぎやかな状態となり、卒業生同士も再会を祝いながら、世代を越えた親交を深める事もできました。なお終了後にはホテル内の別室にて先生を再度囲む2次会も行なわれましたが、そこに入りきれない年度の方々は各自で近くの飲食店に繰り出したようです。藤井透先生を慕います一同にとりまして、誠に楽しい1日となりました。

【電気系】電気学科 1957(S32)年卒「七夕会」 50周年記念同期会 開催報告

 七夕会の前身は卒業後同窓の中で、結婚した学友を祝う為に開いた会で毎年の様に結婚が続いた。

 京阪神在住の学友は10年近くで殆ど結婚した。従って祝う会として集まる機会がなくなった。このままでは今後集まる事が無くなるのではとの思いが、何人かの声として出てきた。そこで形を変えた集まりつまり同窓会としてスタートした。年一回会う事から「七夕会」と名付け、京都組、大阪組が交互に幹事役をし会場を選んだ。開催日も7月7日に近い土曜日とした。京都、大阪以外に七夕会のメンバーの住む地域に遠出をした年もあった。昭和35年(1960年)には徳島に在住だった石川氏(旧近清氏)のセッティングで徳島の観光と鳴戸カントリーでのゴルフ。次は阿波踊りに、同志社大七夕会の「にわか連」として参加しようとの話が出ていたが、その後石川氏の急逝ため実現しなかった。

 昭和51年(1976年)には関西電力美浜原発勤務だった藤川氏の案内で美浜原発を見学した。当時は原発に関しては静かな時だった。

 平成9年(1977年)は長野県に在住の味澤氏(旧小松氏)のプランニングで冬期オリンピック開催の前年にチャーターした観光バスで各会場を案内して頂いた。七夕会の為事前の下見を含めて大変時間を掛けて頂いた。

 GM会は熱心に毎年集まったわけでもありませんし、その時々の幹事の気の向くままに集まって来ました。現在のメンバーは、西は福岡県、東は東京都、でもほとんどは関西に住んでいます。会の開催地はほとんどが京都、そして岐阜、神戸、熱海、東京でもやってきました。京都で開催の時はいつも懐かしい同志社キャンパスを散策しました。

 平成19年(2007年)は、七夕会のメンバーにとって卒業50周年を迎える事になった。森淳氏の発案で、卒業50周年記念の植樹をすることが決まった。植樹の主旨に28名の賛同を得た。平成19年(2007年)3月6日京田辺校地の有徳館西館の中庭に植樹した。木の名は「ハンカチの木」。当日は片山副学長、松岡工学部長、岡工学部同窓会会長、大鉢教授の方々にご出席して頂いた。

 平成19年(2007年)に迎えた50周年記念の七夕会は京都の宮町町のお屋敷で三味線、踊り、芸子、舞子と艶のある処を京都組が選んだ。

 平成23年(2011年)は京都市伏見区にある月桂冠大倉記念館を見学した。十石船に乗り暫し、静寂な川下りを楽しみ、昼食をする店に向かった。

 上記の他有馬温泉、高槻温泉の湯にも浸かった。昭和の年代には恩師にも参加して頂いたが、その後はご高齢ということもあって、段々と同窓だけになって来た。卒業の年、昭和32年(1957年)の春から始まった同窓の集いは、平成26年(2014年)迄57年間続いている。

 この間音信不通や鬼籍に入られた方々も多く、卒業時から比べると現在連絡が取れるのは約半数となった。

 同志社大学に入学したことが、何かのご縁で、こんにち至るまで毎年語り合えるのは、各自が選んだストーリーのような気がします。このストーリーの終りには誰にも分かりませんが、元気な姿で一人でも多く、一年でも長く続く事を望んでおります。ご縁は大切にしたいものです。

奥村 八郎(電気学科 昭和32年3月卒業) 記

【電気系】電気工学科 1966(S30)年卒「GM会」 (昭和41年電気工学科卒業有志) 開催報告

 昭和41年(1966年)3月、同志社大学工学部電気工学科を卒業したその日に、卒業証書を持ったまま、夕方から京都三条河原町の老舗旅館「いろは館」に男ばかり20人ほどが集まり一緒に一夜を明かしました。もう48年前のこととなります。どういういきさつで、誰が音頭を取って、どういう名目で集まったのかはメンバーの誰も覚えていませんが、それが「GM会」の始まりでありました。多分、ごく自然に日ごろ気の合った連中が集まり、そういう流れになったように思います。そして翌朝、まだ酒臭いメンバーは、皆ちりちりばらばらに去っていきました。そしてメンバーがまた再会するのは20年後でした。

 電気工学部電気研究会や岳稜会や、更には麻雀や旅行やゼミや下宿先やその他の趣味などなどの縁で結ばれた仲間だったと思います。試験の時にお互いの下宿先とかで徹夜で助け合ったという思い出はありますが、なにか特別に学業・学問で結ばれたという記憶はありません。特に目的も無く、会長がいるわけでもなく、気の置けない仲間が集まった一種の私的な同窓会と言っていいだろうと思います。GMというのはGreat Menの略のつもりで付けました。これにはいろんな意味があると思いますが、メンバー各自が好きなように理解すればいいだろうと考えていました。いまやメンバーは71歳前後です。そういう年齢ですからすでに二人の物故者を出していますし、さらには、連絡の取れない者も一人います。

 当初のメンバーを並べますと;岡本朋英、村上圭史、小川悦正、堀江弘宣(以上、電材:谷口研)、石丸勝久、羽藤雅康、寺村治熙、時岡昭三(以上、電力:富永研)、吉田真明、洞武夫(以上、気回:岩本研)、衛藤政幸(音響:斉藤卜部研)、坂本敬夫、新川昭正、平野進(以上、子回:小川研)、伊藤建夫、中桐有道(以上、応電:元木研)です。

 洞君と新川君が亡くなり、坂本君とは連絡が取れなくなりました。新川君はANAのパイロット、その後教官を経て70歳まで現役で働き、昨年5月の京都でのGM会には病を押して元気な姿を見せましたが、10月に亡くなり、今年5月の東京でのGM会には奥様にも参加していただき、彼の偲ぶ会も兼ねました。新川君も喜んでくれたと思います。

 卒業当時は、これから長い洋々たる人生が始まると思いましたが、48年たって、だんだん平均寿命に近くなってきました。あと何年続くかというところです。16名で始まったGM会も今は13名です。そして最近では、夫婦同伴での会合出席者も出てきました。

 GM会は熱心に毎年集まったわけでもありませんし、その時々の幹事の気の向くままに集まって来ました。現在のメンバーは、西は福岡県、東は東京都、でもほとんどは関西に住んでいます。会の開催地はほとんどが京都、そして岐阜、神戸、熱海、東京でもやってきました。京都で開催の時はいつも懐かしい同志社キャンパスを散策しました。

メンバーの記憶を収集して、この会合の歴史を並べます。

第 1回 1966(S41)年   3月下旬  京都「いろは館」(卒業式当日)

第 2回 1985(S60)年   2月17日  京都河道屋 養老

第 3回 1988(H 元)年  2月21日  京都河道屋

第 4回 1991(H 3)年  2月23日  岐阜長良川ホテル 

第 5回 1995(H 7)年  2月18日  京都かに家(阪神淡路大震災)

第 6回 1997(H 9)年  4月26日  京都がんこ(姫野さん参加)

第 7回 2000(H12)年  11月11日  京都ホテル

第 8回 2003(H15)年  6月15日  京都京浜作 

第 9回 2005(H17)年  5月28日  岐阜ルネッサンスホテル(鵜飼見学、)

第10回 2007(H19)年  10月21日   大津琵琶湖ホテル

第11回 2009(H21)年   9月 6日   神戸TRUSTYホテル

第12回 2011(H23)年  10月16日   熱海「伊藤園」ホテル熱海館<45周年記念>

第13回 2013(H25)年  5月26日  京都「いろは館」(第一回会合した旅館に再集合)

第14回 2014(H26)年  5月25日  ローズホテル横浜宿泊

第15回 2015(H27)年  11月     京都(予定)

第16回 2016(H28)年        海外?  <50周年記念>

 卒業式当日に第一回会合を持ち、その後、個々の交流はあったようですが、20年間、皆さん社会的基盤を築きあげるために同窓会への関心など持つ余裕はなかったのでしょう。第2回目の会合は皆が40歳を過ぎた頃でした。その後は、数年に一回の割合で、最近では1~2年に一回、今後は毎年と考えています。昨年の第13回目の会合は、卒業式の日に集まったあの懐かしい京都三条河原町「いろは館」で宿泊宴会という思いが多く集まり、それを実現しました。そして翌日は出町柳まで電車で移動し、徒歩で同志社へ、さらに法科大学院寒梅館でフランス料理の昼食後解散しました。

 今年の5月は、横浜中華街で宿泊宴会、翌日は“はとバス”観光を利用して、スカイツリーに上り、浅草界隈で昼食・散策し、隅田川を下って日の出桟橋へ、そして東京駅で解散しました。関西在住連中もスカイツリーに上れるなら東京でもよいとなったわけです。

 それぞれのメンバーにも他の同志社関連の集まりはあると思いますが、この大学時代のGM会は全く気さくに参加できるので有難いです。メンバー全員はこの空気のような会合が好きです。久しぶりに会っても何ら気負わないし、分かれるときも「じゃぁまた」である。気楽にこうやっていつまで会えるのであろうかと思うとなかなかいいものです。

 GM会の皆さんは、それぞれのメンバーの人生をお互いに豊かにしていくものを分け合っているように思います。人数的にも10数人は何をするにしてもやりやすい。奥方同伴のムードが高まって、何といい会なのだろうと思ってしまいます。無意味な会でもいい、特に何らかの目的が無くてもいい、ただ、学生時代の縁で20代から70代まで、半世紀にわたって続き、こうやって集まり、そしていつかは自然消滅する運命にあります。GM会の男が全員寿命尽きても寿命の長い奥方同士が会を引き継ぐかもしれません。そしてGM会もGW会、Great Womenとなっているかもしれません。そんな会ですが、最後の一人は誰だろう?不徳かもしれませんが、考えるだけでも楽しいです。

以上

中桐 有道(090-1540-5235,yiu31010@nifty.com) 記

【電気系】電気工学科 1964(S39)年卒 卒業50周年記念同期会お花見会 開催報告

 昭和39(1964)年電気工学科卒業の同期会は5年ごとに開催していまして、30周年(1994年)の時には丁度工学部が田辺町(当時)に統合移転をした年で、有徳館西館の前に直径10cm程のソメイヨシノ桜2本植樹しました。花が咲くようになり、関西の同期生が4月の第1土曜日にお花見会を開催してきまして、2014(平成26)年4月3日(木)、4日(金)に、今年の卒業50周年記念の同期会を大学京田辺キャンパスでのお花見会とその後、八瀬離宮エクシブでの一泊の同期会を開催し、総勢参加33名の楽しい会になりました。

 桜の前での集合写真と宴会場での集合写真を紹介します。宴会後も二部屋に分かれて、深夜まで二次会で昔話や健康のことを話し会い、翌朝朝食後、解散しまして。有志は新しくなった今出川キャンパスの散策をしました。地下鉄の今出川駅北口から直接キャンパスの良心館へ、良心館のラーニングコモンの見学、耐震構造の博遠館、寧成館、明徳館、チャペル、理化学館のギャラリーの展示見学、そして御所北西の桜のお花見と楽しく過ごしました。昔の下宿近くを散策もしました。

石原 好之・大鉢 忠 記

電気工学科卒業30周年記念植樹
東京近辺の同期会「DE9会」

【化学系】工業化学科 1957年卒「同化57会」 第18回同窓会 開催報告

 同化57会第18回同窓会は、去る2013年11月12日京都タワーホテル「ナポリの間」において開催された。1957年工業化学科卒業生55名により発足したが、現在の名簿に住所記載の人数は35名である。57(ゴーナナ)会の名称は卒業年次1957の末尾二桁を用いて名付けられた。

 卒業後24年を経た1981年に第1回の同窓会が行われ、2002年第7回開催に至るまでは不定期に開催されていたが、この席上で今後毎年の開催が提案、賛同された。この開催記録はDoKoネット誌第5号に投稿、掲載された。その後は途切れることなく毎年開かれ、今回の18回開催を達成した。近畿地域での開催が主であるが、過去には広島(宮島)、福山(鞆の浦)などでも行われた。過っては恩師にはその都度ご出席をお願いしご都合の許す限り御出席いただいていた。

 なお、恩師原正名誉教授はお元気でいらっしゃいますが、このところはご高齢の事もあってご出席のお願いは遠慮させていただいております。今回の参加者は一組の夫妻参加者を含めて13名であった。そのうち広島より参加の竹野哲雄君は栄誉ある18回全参加を達成しました。冒頭に物故者への黙祷を捧げ、次いで級友山下正通名誉教授より最近の同志社及び理工学部の紹介があった。乾杯の後、2時間あまりの会食談笑した。その中での話題の一つを紹介する。

 長谷部(旧姓・田中)閑さんは大学「くらま画会」のOGであり、本年は同会創設100周年に当たり、ご尊父(田中良一氏)は創設者の一人でした。この度、その会の歴史に係わる資料を所蔵していたため、それらを整理して、同志社社史資料センターに寄贈されたところ、学生による各サークル活動についての資料は非常に少なく其の価値を高く評価されたことの報告があった。宴会の終盤、今後の57会存続について話し合い、都度会終了時 には必ず次年度の開催月日、場所、世話人を決める事によって継続を図る事にとなった。

 次回は2014年11月11日京都タワーホテルにて、世話役として中辻治彦君の承諾を得て開催予定である。今回の参加者は80歳前後の元気者の集まりで、和やかな雰囲気の中にも活気溢れた意見が飛び交う中、次回の再会を約して散会した。

この度の会を終えての私の感想は、大学を卒業してから、同窓会で再会しますと、未だに、現役を続けている方も居りますが、夫々の分野で懸命に現役時代を過して来た同期の、何気ない談笑の中にその片鱗を聞く事が出来るのは楽しいものです。同窓会は、大いに飲食し、大いに談笑してお互いの情報交換、切磋琢磨の場とし毎年とまでは言いませんが、事情の許す限り出来るだけ頻繁に開いて、同志社で育まれた絆を互いに大切にして人生を享受していくのが良いのではないかと思っております。

平岡 登 代表幹事 記

【化学系】電気化学研究室同窓会「比叡会」 2013年度同窓会 開催報告

 1978年に同志社大学工学部工業化学科(現、理工学部機能分子工学科)電気化学研究室の同窓会である比叡会が設立されました。当時は今出川校地の扶桑館4Fの角に研究室が有り、窓越し真正面に相国寺を通して比叡山が望め、休憩時にはコーヒー片手に優美な景色を楽しみながら皆で日々の研究の議論を行っていました。

電気化学反応は電極表面で生じるため、それは面における2次元反応で生成物濃度の増加には時間が掛かります。速度論的研究は電気化学的測定だけではなく生成物濃度のtime courseを追跡せねばならずほぼ全員が徹夜実験と言う事もしばしば有りました。

卒論、修論を仕上げる10月以降はこの傾向が強まり、この時間共有の中から、どうしても同窓会を作りたいと言う意見が出て、あっという間に全員の共通意見と成り、たまたま博士課程で年かさの私が同窓会の責任者に祭り上げてしまわれました。会の命名も「比叡会」に決まりました。

 第1回比叡会は、紅葉に燃える高尾の旅館にて1泊2日で行われました。卒業生ほぼ全員の参加で懇親の実は多いに上がりましたが、すこし騒ぎ過ぎ、旅館の女将から優しくクレームを戴いたのを懐かしく思い出します。

 本会は、早、36年の歴史を持つに至り、その間に指導教授は山下正通先生、田坂明政先生から稲葉稔先生と3代に亘っています。世帯交代のたびに無くなって行く同窓会が多いのですが、当会は先生方の特別の配慮を戴いており上手く継続されていることに感謝致しております。会員数も500名を超え、毎年秋、京都で開催されており、昨年は同志社Home Coming Day前日の11月9日(土)に49名の参加者を得て盛大に開催されました。

 その内容を簡単に説明致します。第1部は田辺校地(知真館2号館)において講演会を開催致しました。川辺 勝治氏(1980年卒)による「“やる気“を育てる学校教育の在り方」、松木平 伸一氏(1982年卒)による「PEARL SEMINAR 日本が誇れる宝石「真珠」の話」そして明本 斉氏(M2)による「現在の研究テーマ全容」の話が有りました。OBからの話は、各人の仕事において苦労した内容を含む体験談で、その迫力に現役学生も多いに感じるところが有ったものと推察されます。現役院生による研究の全容説明に、OBは電気化学の発展を体感したものと確信します。活発な質疑応答の中、卒業生より現役生への激励の言葉で会場は盛り上がりました。

 第2部は現役院生の案内による電気化学研究室(至心館3F)見学会でした。実験装置の充実ぶりもさることながら目を輝かせて懸命に説明する院生を見て、先生と現役の研究に対する決意の深さを垣間見ることが出来、OBとして誇らしい気持ちに成りました。

 第3部は夕刻から市内富小路錦小路下ルの「ト一」において開催された懇親会です。稲葉先生、田坂先生も参加され、恒例の近況を含む全員自己紹介で笑いが絶えず、和やかな内にもお互いの情報交換をした、大変有益で楽しい時間を過ごせました。今後も本会は確りと活動を続けますので、比叡会会員の皆様、宜しくお願い申し上げます。

比叡会会長  東城 哲朗(1976年工化卒) 記

 

ト一(といち)にて

【機械系】機械学科 新井ゼミ「新葉会」 2013年度復活!!

 機械学科新井ゼミには当時「新葉会」という名称の同窓会がありました。新井先生が、卒業後もゼミの卒業生同士の縦横のつながりをもっておくことの重要性を説かれて発足した会でした。現役の頃には、「新葉会」を通じて、先輩の会社で実験のご協力をしてもらったりしていました。卒業後も、同窓会開催も何度かあったのですが、いつの間にかタチ切れとなり現在に至っています。 新井ゼミを継承して下さった青山栄一教授と、当時の劣等性(小生、一瀬君、西埜君)が相談し、とりあえず、私たちの年代の人にお声がけしました。郵送とメールでご案内を送ったところ、多くの方々から、懐かしいお便りを頂戴しました。定年間際の年代ですので、皆さん第二の人生をどのようにエンジョイするか、と試行錯誤されている様子が垣間見えました。

 当日は、残念ながら全員出席とはいきませんでしたが、21名が集まってくれました。40年ぶりの再会であり、かつ、学部卒業生にとっては、1年違いでも面識がないので、最初は、皆さん緊張の様子でしたが、本家「とり初」のおいしい料理とお酒が進むにつれて、和気藹々、楽しいひと時を過ごすことができました。ただ単に懐かしいというだけでなく、ビジネスのお話も飛び出し、定年間近になってからの開催でなく、もっと若い時期にやりたかった、とのお声もありました。

 まずは再会を喜ぶと共に、定期的に集まること、また、新葉会のfacebookを立ち上げることを約束して閉会となりました。なお、当日参加できなかった方にも、次回は是非ともご参加頂きますことと、facebookにもご参加頂きますようお願いいたします。

 卒業生の皆さんにお伝えしたいことは、社会人になると日頃のお仕事に没頭して、学生時代の友人との交流も日が経つにつれて疎遠になってくるものですが、たまには、学生時代の友人と会って情報交換することが、ビジネスにも人生にも大いにプラスになるということです。そのためには、お世話役が大切ですので、今のうちにお世話をしてくださる方を確保されてはどうでしょうか。

 現在、同窓会のお世話役として、「同窓会委員」を登録するようになっていますが、こうした仕組みをうまく利用して、末永く交流が続くことを祈っています。

世話役 大枝 正人 記

水だき 「本家 鳥初」にて

【化学系】工業化学科 1963(S38)年卒 卒業50周年記念同期会「愛友会」 開催報告

 2013年(平成25年)のホームカミングデー前日の11月9日(土)、卒業50周年を記念して愛友会を開催しました。

 50年ぶりの再会もありました。この50年、なんと早く過ぎ去ったことか。

 同窓とはなんと楽しきもの、一層の交流を深め、これからも元気でいこう」と盛り上がりました。

 当日の状況は下記の通り。

PM 1:00~4:30  今出川・烏丸・新町キャンバス見学後に御所内の「禁門の政変跡」散策し新島会館へ。参加者14名。

 ハリス理化学館前に集合し、理化学館へ入ってすぐの所にあった掲示板に「氏名を貼り出された」思い出を語る 友あり。なんといっても、ハリス理化学館は我々の学び舎、学生のときの心の故郷です。

 新館「良心館」2階のクリエィティブ・コモンズでは、土曜日ではあったが、パーテションの殆どない開放的空間でグループ学習があちこちで行われているのを見て「おいらもこんな環境だったら雀荘に行かずにもっと勉強したのに?」という友あり。
御所内では、容保公が御所の守護に当たったときに仮本陣とした「凝華洞跡」前で集合写真を撮る。

PM 5:00~8:30  愛友会本会 新島会館。参加者32名。

 一卓8名の4卓に別れて着席。物故者20名のご冥福を祈り黙祷。各自の近況報告、歓談、Doshisha College Songで締め。

PM 9:00~10:00  二次会はCarottesにて。参加者11名。

 外房、安曇野、舞鶴からの3名と阪神間在住の8名。「ビリヤードゴルフ」への勧誘など、いつもと異なる話題での交流もあり、遊びの方はなかなか達者な連中であった。

◎ 「愛友会回顧録(仮題)」発行についてのお知らせ

 50周年を記念して、これまでの記録をまとめ「愛友会回顧録」を発行すべく準備に入ります。会友の皆様へ、お願いすることが出てくると思います、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

愛友会事務局  布施 博 記